志水 廣

☆演習を主に

☆演習を主に
 これまでの教育講演会は、ただ話を聞いて終わりであった。それを実践にしていく場がなかった。そこで、教師塾は、演習を取り入れて欲しいとお願いした。現在の○付け法の演習で一人ずつ実際に机間指導していき、ワークシートに記録していく方法は玉置崇先生と鈴木由里子先生が考え出したものである。○付けをするときの実際の声かけの記録と、その声かけを受けたときの子ども役の気持ちがつづられている。実演者のメタ認知を促すものとして有効な記録であった。
 復唱法は、とにかく丸ごと復唱することができないので、これを練習することとなった。
 ○付け法・復唱法を演習の形にすること自体が画期的なことであった。本当にスタッフはよくぞ形にしてくれたと思う。感謝している。
 数回の会議を経て、実際の研修案内が10月にはできた。顧問学校に配布した。
 私は40人集まればよいと考えていた。準備会を重ねていくうちに授業力アップセミナーでは困るとメンバーが言い出した。ぜひとも志水先生のお名前がほしいという。だから、「志水塾」と名前がついた。初めから私が「志水塾」と付けたのではない。私は会の名前にはこだわっていなかった。
 お正月明けの1月4日、5日に全国から40人の受講者が愛知教育大学に集まった。ここでの二日間は、この後の志水塾の爆発的なエネルギーを生む場となった。
 かなり冷え込んだ大学の教室で志水塾は開催された。合宿形式で行われた志水塾は、その後の地方大会を支える人材を輩出することとなった。
 志水塾は、○付け法・意味づけ復唱法を中心として実技講習と講演が続くこととなった。規模は、全国各地で開催されるようになっていった。茨城(東茨城郡)、長野(岡谷市、諏訪市、伊那市)、東京、静岡県(伊豆)、愛知県(豊橋、岡崎、一宮)、京都府(久御山町、和束町)、兵庫県(伊丹市)、和歌山県、広島県(福山市、世羅郡、三次市、大野町、大竹市)、福岡県(遠賀郡、飯塚市)、宮崎県(宮崎市)、鹿児島県(鹿屋市、垂水町)、そして、愛知県で行う全国大会(本大会)を最大10ヶ所で10年間続いた。
 志水塾の成功の要因は、第1に有志のエネルギーが一転に集中したということ、第2に個に応じた指導という教育の風潮が応援団となったことは間違いない。つまり、時代の波に先駆けしかも波に乗ったためである。
もともとの趣旨は、○付け法・復唱法の普及はもちろんのことであるが、教育界のリーダーを創りたいという思いから始まったものである。集まったメンバーはスタッフも含めて、その後地域で活躍されている。志水塾本大会は10年間続いたが、このリーダー養成という観点から見れば成功したと言えよう。
 志水塾は、教師文化の継承がこれから不可欠になると考え、教育の世界に教師塾という概念がないときに始めた。初めは、「塾」という言葉に学習塾を連想する教養のない方もいたが、今となっては教育の世界では教師塾は当たり前のこととなった。隔世の感がある。

教訓:一点にエネルギーを集中させると核爆発が起きる。
教訓:時代の先を読み、時代の波に乗ること。これが成功の要因。





【志水 廣:自己紹介・書籍紹介 笑瀾万丈】 2024-07-22 07:55 up!

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